娘のこと
改めて
娘がどういう子なのか
重度障害者というけれど
それはどういうものなのか
ということを
紹介しようと思います
ただ、
病名とかのこと
育ててくるうちに
私の中では重要ではなくなって
いました。
ラベリングより
娘が娘として
ただ在る。
そこに
喜びを感じたから。
人に説明を求められたりするときに
答えるくらいなものに
なっているのです。
とは言え
その病名ゆえの
ケアが必要な面はあるので、
その点は
ちゃんと捉えてきましたが。。。
娘は、
今年2021年の10月で30歳。
病名は4pマイナス症候群
(別名ウォルフ ヒルシュホーン症候群)
4番目染色体の一部欠損からくる
染色体異常で、
難病指定になっています。
今は5万人に一人くらいの発症と言われて
いるようですが
娘が生まれた当時は
10万人に一人と言われていました。
発達の遅れなどを伴いますが
その現れ方はそれぞれのようで
娘の場合は重度になります。
原因はどちらかの
親の均等転座型遺伝からに
よるものと
突然変異的に発症するタイプがあり
我が娘は
突然変異とのことですが
実は親の遺伝子情報は
検査でもわからないことも
あり、断定はしきれないのだと
当時言われました。
それから20年以上経っているので
今の時代は事情が違うかもしれませんが・・。
生まれたのは
39周でほぼ満期産だったけれど
1980gの低体重児で、
すぐわかる症状としては
心臓、肺の機能がよくなく
自力ではミルクが飲めず
しばらくは鼻からの経管栄養。
出産時はかなりの黄疸と
チアノーゼがあり
足の内反足。
産後しばらく経って
眼球斜視がはっきりしてくる。
などがありました。
その状態により
医師からは
生存予後は
あまり良くないかもしれないと
告げられました
要するに短命だと思われる。と。
10歳まで生きられるかな?との
ことでした。
成長過程では
10歳くらいまで
てんかん発作があって、
そのうち何度かの
重積発作で命の危機があったりで
しょっちゅう救急搬送されました
内反足である足は
生後半年から矯正されて
重い石膏ギプスだったり
補装具をつけたり
手術をしたりしましたが
結局、自力で立つことはせず
歩行はしません。
1歳を過ぎたあたりから
身体機能も知能も明らかに
周囲とは違うことが顕著になり
だんだんと、
”普通”からかけ離れていきました。
機能訓練や、
発作による呼吸困難
足の手術やらで
小学校低学年までは
入院が多かったです
結局は
30歳になっても
食事も
排泄も
着替えも
移動も
入浴も
何もかも、全介助が必要です。
小さい頃は連続で眠ることができず
断眠でしたが
今は
寝る体制を作ってあげると
なんとか朝まで眠れるようになっています。
食事は咀嚼はできませんが、現在は
刻んだり、潰したりして
少し、汁気があると飲み込めます。
それができるようになったのは
大体4、5歳くらい。
なので、その頃はもう
口から食事ができるようになった
だけでも、嬉しかったのを覚えています。
今、移動は車椅子。
座位は取れるけれど
すぐ疲れちゃうようです。
普段、平日の日中は
生活介護と日中一時へ
通所していて、
朝は事業所からお迎えにきてもらい、
帰りは母の私が毎日迎えにいっています。
時々、ショートステイを入れています
このような感じです。
なぜか
音には敏感で
どうも絶対音感があるらしい。
生活音とか会話を音、
音符で捉えているようです
お話はできないのですが
言葉の音を何語かハミングで
真似したりします。
いただきます。とか
またねー。とか、バイバーイ
とか。。。
で、昔、覚えたであろう歌(童謡とか)は
なぜかしっかり
何曲も脳内データにあるようで(笑)
お迎えに行った帰り道では
必ずそのデータからシャッフルされた
歌を唄っている感じ。
なんで夏なのに、ジングルベル?とか
よくわかりませんが、
とっても楽しそうです。
永遠に赤ちゃんをやるらしい
三十路の女子です。
このように娘の状態を
字面で表すと、なんだか
ちょっと
悲観的に伝わっちゃいそうだけど。
そんなことはないのです。
娘の特技は、どの場所に言っても
周りのスタッフさんに
さきちゃんの癒しのパワーは
本当に凄いです。
と言われること。
それは、多分
私がここでも、散々書いているのだけど
そのあるがままさは
周りの人の本質を解放するってことに
通じるのではないかな。
とちょっと思っています。
すごく語弊があるかもだし、
あえて非難を覚悟で言うと。
なんか、
うちに猫ちゃんの姉妹がいるのだけど
そのニャンたちのお姉さんみたいに
感じる時があったりします。
ちょっとツンデレな感じも
なんとなく猫っぽい(笑)
すっごく手はかかるけど
私も娘から
癒しをたくさん貰うし
結局、色々な意味で助けられて
いるのだと思う毎日です。
それに
10歳までしか生きられないかも
と言われたのに
その3倍も生きてるなんて
本当に凄い!
生きてること自体もうただただ
ありがとうね。って思うのです。
決してきれいごとではなく
心から、この子育ての経験
に感謝です。そして
誇りに思っています。