【第9話】私の人生は終わった 娘とともに消えてしまいたい。 可愛いお顔が悪魔に見えた日々
私は絶望や葛藤の真っ只中にいました
娘、3歳頃だったでしょうか。
検査を重ねても、
いまだはっきりとした病名がつきません。
希少な染色体異常ではないかと
散々言われながら、結構な精密検査でも
中々診断されず。
まだ、1歳くらいまでは
病名が見つからないことに安堵し、”治る”と
希望を持てていたけれど、
ここまで、”異常”であるのに
その大義名分示されないのは、
”何で?”という反応が増すばかりで
余計に辛くなりました。
この頃が、
精神の制御不能状態の底だったかもしれません
病名も分からず
でも、何もできない娘に苛立って
自分を保つのももう限界
一度、泥沼のような
真っ暗ななかに、吸い込まれると
もう、どうしようもなくなり、
相当おかしくなっていました。
グッと、精神状態が深みに入ると、
涙が一気に溢れ、
そして、怒りのような感情になります
そうしたときに
娘に手をかけそうになる自分に怖くなり
とうとう、私は自分自身に向けて
異常な行為が出始めてきます。
娘が生まれる前
赤ちゃんの誕生を楽しみに、
とても、柔らかい、優しい気持ちで
可愛い木のおもちゃをたくさん
買い揃えたのです
「木の温もりが
子供の手に触れると
五感が豊かになるんだって!」
なんて言いながら。
そのおもちゃで遊んでくれる日を
楽しみにしながら、ワクワクして選んでいました
でも、もう
そんな夢は叶わなくなってしまった。
ちっとも興味も示さないし。
何かで遊ぶという知能の発達も見られないのです。
娘が産まれる前の思い出と
現実の違いに
一気に絶望的な気持ちになり
私はおもちゃを投げつけて
叩き壊し始めました
「もうウチには、こんなもの何も関係なくなった」
そう叫びながら
粉々に破壊したおもちゃを見て、
私もこのおもちゃみたいに、粉々になって
この子と一緒に消えてしまいたい。
そうやって、泣きじゃくっていました
また、ある時は、
家にある、夫がコレクションした
往年の洋酒をかたっぱしから飲む。
倒れるまで飲む。
でも、倒れても
這うように娘のケアをしてるの。私。
いなくなってしまえと思っているのに
娘が生きるための手を止められないのです。
それがまた、苦しい。
そして、それでも気が済まず。
私は次第に自分の身体に刃物を向けるようになりました。
それも何回も
完全なリストカットではないのです。
どこか身体に痛みを作っておけば
心の痛みが紛れるような、そんな感じ。
そうやって自分の心から逃げたかったのでしょう。
・・・・壮絶だなぁ。
何だか書いていて
これ本当に私のこと?って思っちゃう
結構辛いものがあります・・・。
もちろん
毎日こんな感じだったわけではありませんよ。
でも、2日何とか乗り切ると次の
3日はこんな状態に陥っていく。
そんなジェットコースターのような
感情の急降下を繰り返していました
振り返れば障害児育児は
衝撃→絶望→葛藤→破壊→模索→受容→解放→至福
という道を辿ってきたれど
この頃、絶望や葛藤を経て、破壊に差し掛かっていたのですね
破壊というのは、この苦しみの正体
戦ってきた目に言えない何かを壊すための
大切な過程だったと思います。
その戦っていたもの
それは、私を囲っていた常識という枠とかそんな感じかな?
執着とかとも言えるのだろうけど・・・。
それを破壊していくこと意外に、受容にたどり着く道は
なかったのだと、振り返り思いました。
余談ですが・・。
この頃の娘、とっても可愛いお顔しているんです。
その後も、可愛いと結構褒められたんですよ!
その頃の可愛さはちょっと自慢でもありました。
でも、一方で娘を受け入れられず憎んでしまっていました
こんな可愛いお顔だったのに、天使に思えるよりも
悪魔に思えてしまったことの方が多かったのは
ちょっと
もったいなかったなぁ。。とこの頃の写真を眺めて思いました!
(続く)